Category Archives: books

けいさつ

あらぬところをケガしてしまった。 きったはった(しゅじゅつ)してもらってからもう2しゅうかんほどたった。 けれども、まだ、うごきづらい。 やることがないので、おおきいほんでもよもうか、と、おもった。 が、おもっただけ。 とりあえず、まえにかったちいさいほんをみた グリコ・森永事件 宮崎学、 大谷昭宏 ペーパバック。 なんでもいいから、うれさえすればよい、というところからでている。 そのわりには、おおきいほんやでも、しばらくみかけなかった。 ちかごろ刷り(print)なおしたのかな。 じけんのなりゆきとかには、ほとんどきょうみないのだけど、宮崎さんは、ほんとのことをえんりょなく言ってしまうときがあって、そこがすてきですきである。 この本だと、たとえばこんなくだり: 警察とヤクザは本質的に同じである。 両者の違いは、警察は国家権力を背景としており、ヤクザは民間の暴力装置を背景としている。 それだけである。 Police and Yakuza are essentially the same.  The only difference is that one has state violence and the other has non-state violence as their bases of power. これとおなじかんがえをもっているし、あるときは、けいさつはヤクザのおてつだいだとおもっていたこともある。 だけれど、こういうことをいつもいいつづけるのは、なかなかできない。 はなすあいてのなかまが、けいさつだったときなどは、ことにいいづらい。 マイノリティのおまわりさんも、いるかもしれないし。 まあ、おまわりさんは、せいしきのけいさつかんではないけれども。 Advertisements

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relativism, unendlich

When I was about 10 years old or so, I heard “nothing (no claim) can be absolutely true”. – (A) often times.  Was I that stubborn those days perhaps? The claim (A) is somewhat self-destructive.  If (A) holds, then (A) … Continue reading

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Radon, Hough, projection to 1D

Got a book “Mathematical Methods in Image Reconstruction” by Frank Natterer and Frank Wübbeling.  It brings about my old thought. Say here is a picture of a box, or something rectangular.  And let us assume that we roughly know position … Continue reading

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文字体系の設計 ハングルの本

野間秀樹 「ハングルの誕生」 平凡社新書 <正音>がいかにうまく設計された文字体系なのか、納得させられた。 文字の部品である字母が音素に対応すること 字母を組み合わさってできる一文字が音節に対応すること 必要なら一文字で形態素に対応するようにできること 字母自体が発声器官の様子をかたどっていること 「驚くべきことに、<訓民正音>は、言語学が20世紀を迎えて到達した<音素>へとほとんど到達していた」、、、ということなのだけど、実際のところアルファベットもおおむね音素文字といえそうだから、「20世紀」とまで言われているのは、いまいちすっきり理解できなかった。 「インドゾウ」というときの/ゾ/と、「ゾウ」というときの/ゾ/では、日本語の音素としては区別しないけれども、音声としては異なるよ、なんて話を聞いたことがある。 そのあたりがすでにどうやら19世紀なんではないかしら。 といっても、区別しない音を文字の形に表現してもうれしくはないけど。 アルファベットとかと違って、ごく少数の人が、ごく短い期間に文字体系を設計するという事例は歴史上ほかにももろもろあるんだろうと思う。 思うんだけど、<正音>以外のものは現在あんまり流通してなさそう。 そうすると、<正音>がいまとてもよく使われているのはどうしてか。 それだけうまく設計されていたからだ、というのはひとつの理由かもしれない。 けれどもそれだけかしら。 それにしても、漢字がことさら尊ばれる文化圏にあって、まったくことなる方式を流通させるに至るとは、なんとまあものすごいことであるなあ。 できばえには自信があっただろうけれども。 その後、いろんな努力をしたらしいことも書いてあったような気がするけれど忘れてしまった。 --この本を手にとるような人には不要かと思えるような、用語に関する注意点(「国語」とか、「ハングル」は文字体系の呼称であって言語のではないこと とか)からわざわざはじめている、、、のは、やっぱりそういうわけなのかどういうわけなのか。

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